完全に営業がいない不動産取引の世界は、テクノロジーの進化によって現実味を帯びてきた構想だ。AIによる物件推薦、オンライン内見、電子契約、価格査定アルゴリズムなどが揃い始めた現在、不動産取引の多くの工程はすでに人の手を離れつつある。この流れを突き詰めていけば、営業メンバーが一切介在しない取引モデルも理論上は成立する。
不動産取引における営業メンバーの役割を分解すると、情報の収集と提供、条件整理、比較検討の補助、契約実務のサポート、そして心理的な安心の提供に行き着く。このうち、情報提供と比較検討の大部分は、すでにデータとプロダクトによって代替されつつある。ユーザーはポータルサイトや口コミ、SNS、相場データを通じて、営業メンバー以上の情報を事前に持った状態で取引に臨むようになった。条件整理についても、質問に答えるだけで嗜好や予算、将来設計まで可視化される仕組みが整いつつある。
完全に営業がいない世界を実現するためには、取引プロセス全体を人に依存しない形へと再設計する必要がある。物件選定から内見、重要事項説明、契約、決済、引き渡しまでを一気通貫でデジタル化し、例外処理も含めてシステム側で完結させる設計思想が不可欠だ。価格交渉も、感情や経験則ではなく、成約データや需給データに基づくロジックで自動的に進められる。売主側も、売却戦略や価格調整の判断を人に委ねる必要がなくなる。
このモデルが実現すれば、取引の透明性は飛躍的に高まる。営業メンバーの主観や都合による情報の偏りは排除され、ユーザーは常に同じ条件、同じルールのもとで判断できる。時間的拘束もなく、ユーザーは自分のペースで意思決定を進められる。人件費が削減されることで取引コストが下がり、仲介手数料の考え方そのものが見直される可能性もある。
しかし、不動産取引を完全に無人化しようとしたとき、必ず立ちはだかる壁がある。それが「人でなければできない不動産業務」の存在だ。不動産はデータで表現できる要素だけで成り立っているわけではない。むしろ重要な判断材料ほど、数値化が難しい領域に存在している。
たとえば、ユーザーが物件に対して抱く違和感や不安は、言語化されないことが多い。条件的には合っているはずなのに、なぜか決断できない。その理由は、間取りや家賃ではなく、部屋に入った瞬間の空気感や、窓から見える景色、共用部の匂い、近隣住民の雰囲気といった、極めて感覚的な要素であることが多い。これらをデータとして完全に再現することは、現時点では極めて難しい。
また、ユーザー自身が自分の本音に気づいていないケースも少なくない。本当は利便性よりも安心感を重視しているのに、条件としては駅距離や築年数ばかりを挙げてしまう。あるいは、予算を抑えたいと言いながら、心のどこかで妥協したくない気持ちを抱えている。こうした矛盾や揺らぎを読み取り、言葉にして返す行為は、営業メンバーという「人」を介して初めて成立する。

さらに、不動産取引には人生の転機が密接に絡む。結婚、離婚、出産、独立、介護、相続といった背景が、ユーザーの意思決定に大きな影響を与える。これらは単なる条件整理ではなく、価値観や感情の整理でもある。ユーザーが迷いながら語る断片的な言葉をつなぎ合わせ、その人自身が納得できる選択肢を一緒に探す行為は、プロダクトでは代替しきれない。
トラブル対応も、人でなければ成立しない領域だ。境界問題、近隣トラブル、契約解釈のズレ、想定外の不具合など、不動産取引には必ずイレギュラーが発生する。マニュアル化できない事象に対して、相手の感情を受け止め、落としどころを探る調整力は、人の経験と判断に依存する部分が大きい。完全無人化された取引では、この「曖昧さを処理する力」が欠落する危険性がある。
つまり、完全に営業がいない不動産取引の世界は、効率性と合理性を極限まで追求した結果として成立するが、その一方で、人が担ってきた非合理で感情的な役割を切り捨てることにもなる。この点を理解せずに無人化を進めれば、取引は成立しても、ユーザーの満足度や納得感は必ずしも高まらない。
現実的な未来像は、営業メンバーが消える世界ではなく、営業メンバーの役割が変質する世界だ。物件紹介や条件整理といった業務はプロダクトに任せ、人でなければできない部分にのみ人が関与する。ユーザーの本音を引き出し、不安を言語化し、意思決定の最終局面に寄り添う存在としての営業メンバーが残る。
完全に営業がいない世界を想像することは、不動産業務から人を排除する試みではない。むしろ、人が本当に価値を発揮できる領域を浮かび上がらせる思考実験だと言える。不動産取引の未来は、無人化と人間性のせめぎ合いの中で形作られていく。そのバランスをどう設計するかこそが、これからの不動産業界に突きつけられた本質的な問いなのだ。
記事提供:南総合研究所

















