不動産業において、入居者やオーナーからのリクエストやクレームは日常業務の中核を占める存在である。賃貸管理であれば、設備不良、漏水、騒音、共用部の不備、ゴミ出しルール違反、近隣とのトラブルなど、実に多種多様な事案が発生する。売買の場合であっても、契約後に発覚する瑕疵や境界問題、引き渡し後の設備故障など、当初の契約条件では想定されていなかった事態に対応せざるを得ない場面は少なくない。こうしたクレームは、顧客満足度の低下を招くだけでなく、口コミや紹介にも影響を及ぼし、ひいては会社全体の評判や成長性にも直結する重大な要素である。
現場で最も大きな問題となるのは、その対応にかかる時間と労力だ。クレームは往々にして営業時間外や休日に発生する。深夜の漏水、早朝の設備トラブル、祝日の鍵の紛失といった緊急事態は、担当者の負担を一層大きくする。対応が遅れれば入居者の不満は増幅し、場合によってはSNSなどで瞬時に拡散されることもある。特に近年は、顧客の「対応スピード」に対する期待値が高まっており、従来のように翌営業日対応という姿勢では満足を得られないことが多い。
また、クレームの質も複雑化している。設備不良一つをとっても、原因が経年劣化なのか、施工不良なのか、使用方法の問題なのかで責任の所在が異なる。入居者は管理会社に直接連絡してくるが、実際にはオーナー負担か入居者負担かを即時に判断しなければならず、この判断を誤れば後に大きな紛争に発展する危険がある。さらに、騒音や臭気といった感覚的な問題は、事実確認や解決方法の提示が難しく、対応担当者の心理的負担も大きい。

売買におけるクレームは、金額的にもリスクが高い。契約後に瑕疵が発覚した場合、修繕費用や損害賠償が発生し、場合によっては契約解除や訴訟に発展することもある。こうした事案では、契約書の条項や特約、重要事項説明の記載内容が細かく検証され、過去のやり取りや記録の有無が重要な証拠となる。結果として、営業担当者や管理担当者は「現場対応」と「法的整理」という二重の業務に追われることになる。
このような背景から、クレーム対応は単なるサービス業務ではなく、高度な判断力と即応性を要求される専門業務であるにもかかわらず、その役割は往々にして軽視されがちである。現場では、他業務の合間にクレーム対応を行わざるを得ず、担当者は慢性的な時間不足に陥る。繁忙期には、入居者からの連絡が一日数十件にも及ぶことがあり、優先順位付けと処理のスピードが求められる中で、細やかな説明やフォローが後回しになってしまうケースもある。
さらに、クレームの記録や共有が十分に行われていないことも課題である。担当者が変われば過去の経緯が不明確となり、同じ問題が繰り返し発生することもある。紙やメールベースの管理では情報の一元化が難しく、対応履歴が散逸するリスクが高い。結果として、入居者やオーナーから「前にも同じことを言った」と不信感を抱かれる要因となる。
こうした現状にもかかわらず、クレーム対応に特化した外部支援や専門サービスはまだ少ない。現行の多くの不動産管理体制は、物件管理全般の一部としてクレーム対応を位置づけているに過ぎず、24時間対応や多言語対応など、一部の付加価値サービスを除けば、対応の質や仕組みは各社の社内リソースに依存している。このため、担当者の経験やスキルによって結果に大きな差が生じる。
現場では、クレームの初期対応でトラブルの火種を小さくするスキルが求められる。迅速に事実確認を行い、関係者への連絡や修繕手配を進めつつ、当事者への説明を行わなければならない。場合によっては、法的責任や契約条件を理解したうえで即時判断を下す必要がある。こうした対応力は、一朝一夕に身につくものではなく、経験と体系的な教育によって養われるものである。
一方で、今後は技術による解決の可能性も高まっている。AIや機械学習を活用したクレーム内容の自動分類、緊急度判定、対応履歴の自動記録などは、担当者の負担を大きく軽減する可能性がある。また、オンラインポータルやチャットボットによる初期対応、自動翻訳による多言語対応なども実用化が進みつつある。こうした仕組みを導入すれば、担当者はより高度な判断や交渉に集中でき、対応の質も均一化できるだろう。
それでも、最終的な解決には人間の判断とコミュニケーション能力が不可欠である。感情が絡むトラブルや、法的リスクを伴う案件では、機械的な対応だけでは信頼を得られない。つまり、不動産業におけるクレーム対応は、デジタル技術と人間の対応力を組み合わせた「ハイブリッド型」のアプローチが最も有効であると考えられる。
不動産業の現場では、クレーム対応が日常業務の中で最もエネルギーを消耗する分野の一つでありながら、収益に直結する業務として評価されにくい。だが、その対応の質は顧客ロイヤルティを大きく左右し、長期的には紹介やリピーターの獲得に直結する。クレーム対応の重要性を正しく認識し、専門性と仕組みの両面から強化していくことが、不動産サービス全体の価値を引き上げる鍵である。
記事提供:南総合研究所

















