この数年、不動産業界においてもデジタルトランスフォーメーション(DX)の波は急速に押し寄せている。特に直近の繁忙期でもその流れは顕著だ。AIによる物件提案、クラウド型契約サービスなど、これまで対面や紙ベースで行われていた手続きが次々とデジタル化され、ユーザー体験も大きく変わりつつある。この流れを受け、多くの不動産会社が最新テクノロジーの導入に取り組んでいるが、現実にはテクノロジーを導入しただけでは差別化にはつながらない時代に入っている。正直、もはや「テックを入れていること」そのものに希少性はない。ユーザーは、どの会社が最新の技術を使っているかを知りたいわけではなく、どの会社が「自分にとって良い体験を提供してくれるか」を重視している。今回は、不動産会社がテクノロジーを単なる道具に終わらせず、自社のブランド資産へと昇華させるための3つの秘訣を紹介したいと思う。
まず、そもそもなぜテック導入だけでは十分ではないのかを整理してみたい。不動産業界に限らず、ほぼすべての業界でデジタル技術の導入は進んでいる。これにより、以前なら差別化要素になった「最新ツールを導入しました」というアピールは、もはや特別なものではなくなった。さらに、ユーザー側の期待値も年々高まっている。オンライン内見ができることはもはや当然だと捉えられているし、単なるサービス提供ではユーザーの心に残らない。ユーザーが求めているのは、テクノロジーによって提供される新しい価値体験である。例えば「遠方からでも安心して内見できた」「忙しくてもすぐに契約できた」といった実感こそが、記憶に残り、ブランドへの信頼となる。つまり、テックはあくまで手段であり、重要なのはそれを通じてどんな体験を届けるかという視点である。
では、テクノロジーをブランド強化に活かし、不動産会社としての信頼を勝ち取るためには、何が必要なのか。そのポイントを3つ紹介したい

第一のポイントは、「テック導入の目的」を明確に語ることだ。ただ「最新のバーチャルツアーを導入しました」ではユーザーの心は動かない。なぜそれを導入したのか、誰のために導入したのかをはっきり伝える必要がある。例えば「遠方にお住まいのお客様でも、実際に物件にいるかのようなリアルな体験をしていただきたい」「忙しいユーザーにストレスなく契約手続きができるようにしたい」といった背景を語ることで、ユーザーはその会社に対して共感を覚える。ただの機能説明ではなく、会社の理念やユーザーへの思いと結びつけることで、技術がブランドストーリーの一部となる。
第二のポイントは、「テック活用ストーリー」を発信することだ。単にテクノロジーを導入しました、便利です、という事実だけを伝えるのでは不十分だ。実際にどのように使い、どのような成果が出ているか、リアルな現場の声を交えたストーリーを発信していくことが、ブランドの厚みを生み出す。例えば、営業スタッフが「オンライン内見を使って初めて物件を決めてくれたお客様とのエピソード」をSNSで紹介したり、AI提案ツールを活用して「ユーザーに驚かれた体験」をHPにまとめたりすることで、テック活用が生きたものになる。ここで重要なのは、テクノロジーそのものを主役にしないことだ。あくまで、テクノロジーは「ユーザー体験を豊かにした道具」であり、主役はユーザーとスタッフのストーリーである。人間味のある発信こそが、企業のブランドイメージを「冷たいテクノロジー企業」ではなく、「温かみのある先進企業」へと導く。
最後のポイントは、「テック×人」のハイブリッド対応を徹底することだ。不動産は、人生に関わる大きな買い物や生活の基盤を決める重大な選択をサポートする業種である。顧客は利便性を求めつつも、最終的には「人の信頼感」を重視する。たとえば、一次対応をAIチャットボットに任せ、即座に基本情報を収集した後、専門スタッフが迅速に細やかなフォローを入れるという流れを整えることで、ユーザーは「効率的でありながら安心できる」と感じる。(実際この方法が一番返信率が高い)また、オンライン内見後にスタッフが「ご不明点はありませんか」「もっと詳しく知りたいところがあればご案内します」と個別にコンタクトを取ることで、ユーザーは単なる機械的対応ではなく、人間らしい配慮を実感する。テクノロジーと人間力、それぞれの強みを掛け合わせることで、ブランドは「先進的かつ信頼できる存在」として強固なものになる。

実際に、テック導入とブランディングを巧みに両立させている不動産会社も存在する。ある都心にある不動産会社では、オンライン内見やAI物件提案を導入するだけでなく、その体験を通して「一緒に住まいを探してくれる」パートナーシップを打ち出すマーケティングを展開している。スタッフが自ら内見用動画に登場し、物件の特徴だけでなく近隣環境や生活感まで紹介するスタイルが評判となり、遠方からの問い合わせ率が前年比でかなり伸ばすことができた。これは、単なるテクノロジーの導入ではなく、ユーザーとのつながりを強めるブランド体験づくりに成功した好例だ。いっぽうでこうしたテック導入で効率化を図るあまり、成約率が落ちてしまった例も聞く。「スタッフの顔が見えない」ことは、それなりにデメリットになるのだ。
以上のように不動産業界におけるテクノロジー導入は、もはや選択肢ではなく前提条件となった。しかし、テックを導入するだけで差別化できる時代はすでに終わっている。これからの不動産会社に求められるのは、最新の技術をどのように活かし、どのような体験を顧客に届けるかという視点だ。単なる便利さだけではなく、そこに込められた思いや工夫を伝えることで、ブランドは強く、深く、心に残るものとなる。テクノロジーは手段であり、ブランドは信頼の証である。どんなに新しい技術を使っても、それを支える人間の思いと工夫なしには、真の差別化は実現できない。未来を見据え、テクノロジーと人間力を両輪にしたブランディング戦略を確立することが、これからの不動産会社の成功への鍵となるかもしれない。
記事提供:南総合研究所